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古事談
六亭宅諸道
一条院御時、伴別当と雲相人ありけり、帥内大臣〈○藤原伊周〉遠行おも兼て相申たりけり、件者物へ行ける道に、橘馬允頼経と雲武者、騎馬して下人七八人許具して逢たりけるお、此相人見て、往過後喚返雲、是は某と申相人に侍り、如此事令申は有憚事侍れど、又為冥加不可不申、今夜中及御命、可令慎、中矢給御相、令顕現給也、早令帰給、可令祈禱雲々、援頼経驚雲、何様の祈禱おしてか、可免其難哉、相者雲、取其身難去大事に令思給者お不論妻子殺なんどしてぞ、若令転給事も可侍雲々、頼経忽打帰て、路すがら案様、大葦毛とて持たる馬こそ妻子にも過て惜物なれ、それお殺と思けり、帰やおそきと、〓居の前に一匹別に立飼ければ、かりまたおはげて、馬に向てつる引たるに、蒭うちくひて立たるが、主お見て何心なくいなヽきたりけるに、射殺之心地もせで、美麗なる妻の不思気色にて、大なる皮籠に寄懸て、苧と雲物うみて居たる方へ、引たる弓おひねりむけて射之、中お射串て皮籠に射立畢、妻は矢に付て死畢、而此皮籠の内より血流出、皮籠動ければ成奇、開見之処、法師の腰刀抜て持たるが、尻に矢お被射立て死なんとて動なりけり、頼経付寝之後ころさせんとて、密夫の法師お皮籠の内に隠置たりける也、件相人非直之人歟、