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明良洪範

内膳〈○氏家〉事、初めて秀頼公の御近習となる時、禄一万石と成り、京極修理亮、朽木兵部少輔などヽ官禄も同じかりし時、相州小田原進発の時、京極、氏家、朽木、三人同道にて関東へ下りけるに、江州草津の駅にて、宿の者お呼んで、酒お呑せて戯むれて、此三人の内何れが殿下の御意に協ひ立身すべきやと、其方目利して盃おさすべしと雲しに、亭主初めは辞退しけるに、三人頻りに望みしかば、其時内膳が前に盃お出して申けるは、近き内に貴公様、御主人の御気に協ひ、必桑名の御城主に成り給ふべしとて盃おさしける、案の如く小田原陣中にて、太閤より桑名の城お内膳に給はり、五万石お御加恩せられしと也、