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闇の曙

或人問て曰、近き比さる所に、蔵おこぼちて座敷お建ければ、愚盲なる陰陽者の様なるものゝいふには、蔵は土お主とし、家は木お主とす、しかれば木剋土の剋にあたりて、主人に祟りてあしきといふ、此義いかにや、予〈○新井白蛾〉答て曰、それは能々文盲なる人こそ聞受申べし、少しにても学問せし人などは、歯にかけていふ事も恥づべし、一向に取に不足事ながら、一寸弁じて見れば、先づ相剋する所と、其人のいふ所と相違す、木は盛勢にて、土は剋お受て衰ふ時、建たる家は、ます〳〵盛にして、蔵は剋にあたりてこぼたれたるは、相応の事ならずや、家お毀て蔵お建てたらば、木剋土の剋にてあしきともいふべし、是は取にたらぬ中の又取に足らぬ事の弁なり、右底の事おいふても間にあふべきは、田舎舎などの地面も広く空地も有所にて、愚盲なるぢゝばゝの悦ぶべき事なり、三け津などの繁昌至極の大都会にては、間にあはぬ事なり、都にては、家お毀て蔵お建、または蔵お除きて家お建て、住居勝手の好やうにして住が善なり、或人又問ふて曰、居宅より、戌亥の方に隠居家お建るは甚だあしゝ、且又主人に祟るなり、それも本宅ならば宜しといふ、是又如何、予答ふ、これも又大痴痴なり、夫先天の方位、乾の父は西南に位し、坤の母は東北に位す、代お譲りて隠居するに、乾の位に離お置、坤の位には坎お移し置て、父の乾は西北の間戌亥に隠居し、母の坤は南西の間未申に退く、是後天の易位なり、即ち乾おいぬいと訓するに非ずや、是も戯れにいはゞ、本家お建るはあしけれども、隠居には善といふべしと笑ぬ、