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宇治拾遺物語
十三
むかし、備中国に郡司ありけり、それが子に、ひきのまき人といふ有けり、わかき男にてありけるとき、夢おみたりければ、あはせさせんとて、夢ときの女(○○○○○)のもとに行て、夢あはせてのち、物語していたるほどに、人々あまたこえしてくなり、国守の御子の太郎君のおはするなりけり、年は十七八ばかりの男にておはしけり、心ばへはしらず、かたちはきよげなり、人四五人ばかりぐしたり、これや夢ときの女のもとゝとへば、御ともの侍、これにて候といひてくれば、まき人は、上の方の内に入て、部屋のあるに入て、あなよりのぞきみれば、この君入行て夢おしかじか見つるなり、いかなるぞとてかたりきかす、女きゝて、よにいみじき夢なり、かならず大臣までなりあがり給べきなり、返々めでたく御覧じて候、あなかしこ〳〵、人にかたり給なと申ければ、この君うれしげにて、衣おぬぎて、女にとらせてかへりぬ、そのおり、まき人、部屋より出で、女にいふやう、夢はとるといふ事のあるなり、この君の御夢、われらにとらせたまへ、国守は四年過ぬれば、かへりのぼりぬ、われはくに人なれば、いつもながらへてあらんずるうへに、郡司の子にてあれば、我おこそ大事に思はめといへば、女のたまはんまゝに侍べし、さらばおはしつる君のごとくにして、入給て、そのかたられつる夢お、つゆもたがはずかたりたまへといへば、まき人よろこびて、かの君のありつるやうにいりきて、夢がたりおしたれば、女おなじやうにいふ、まき人いとうれしく思て、衣おぬぎてとらせてさりぬ、そのゝち文おならひよみたれば、たゞとほりにとほりて、才ある人になりぬ、大やけきこしめして、心みらるゝに、まことに才ふかくありければ、もろこしへ物よく〳〵ならへとてつかはして、久しくもろこしにありて、さま〴〵の事どもならひつたへて帰りたりければ、御門かしこきものにおぼしめして、次第になしあげ給て、大臣までになされにけり、されば夢とることは、げにかしこき事なり、かの夢とられたりし備中守の子は、司もなきものにてやみにけり、夢おとられざらましかば、大臣までも成なまし、さればゆめお人にきかすまじきなりと、いひつたへけり、