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曾我物語

ときまさがむすめの事またかのときまさにむすめ三人あり、ひとりはせんばらにて二十一なり、二三はたうばらにて十九十七にぞなりにける、なかにもせんばら二十一は、びじんのきこえあり、ことにちゝふびんに思ひければ、いもうと二人よりは、すぐれてぞおもひける、さる程に、そのころ十九のきみ、ふしぎのゆめおぞ見たりける、たとへばいづくともなくたかきみねに上り、月日おさうのたもとにおさめ、たち花の三つなりたるえだおかざすと見ておもひけるは、おのこゝの身なりとも、みづからが月日おとらん事あるまじ、ましてや女の身として、思ひもよらず、まことにふしぎのゆめなり、あねごはしらせ給ふべし、とひたてまつらんとぞ、いそぎあさ日ごぜんのかたにうつり、こまごまとかたりたまふ、 たちばなの事さてもこの二十一のきみ、女しやうながら、さいかく人にすぐれしかば、〈○中略〉このゆめおいひおどして、かいとらばやとおもひければ、このゆめかへす〴〵おそろしきゆめなり、よきゆめおみては、三とせは、かたらずし、あしきゆめおみては、七日のうちにかたりぬれば、おほきなるつゝしみあり、いかゞすべきとぞおどしける、十九の君は、いつはりとは思ひもよらで、さてはいかゞせん、よきにはからひてたびてんやと、大きにおそれけり、さればかやうにあしきゆめおば、てんじかへて、なんおのがるゝとこそ、きゝてさふらへ、てんずるとは、なにとする事ぞや、みづからこゝろへがたし、はからひたまへとありければ、さらばうりかふといへば、のがるゝなり、うり給へといふ、かうものゝありてこそうられ候へ、めにもみえず、手にもとられぬゆめのあと、うつゝにたれかかうべしと思ひわづらふいろみえぬ、さらばこのゆめおば、わらはかひとりて、御身のなんおのぞきたてまつらんといふ、みづからがもとよりぬしあしくとてもうらみなし、御ためあしくば、いかゞといひければ、さればこそうりかふといへば、てんずるにて、ぬしも、みづからも、くるしかるまじと、まことしやかにこしらへければ、さらばとよろこびて、うりわたしける、そのゝちに、くやしくはおぼえける、このことばにつきて二十一のきみ、なにゝてか、かひたてまつらん、もとよりしよまうのものなればとて、ほうでうのいへにつたはる、からのかゞみおとりいだし、からあやのこそで一かさねそへわたされけり、十九のきみ、なのめならずによろこびて、わがかたにかへり、日ごろのしよまうかなひぬ、此かゞみのぬしになりぬと、よろこびけるぞおろかなる、