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今昔物語
十三
陽勝修苦行成仙人語第三今昔、〈○中略〉西塔の千光〈○光、宇治拾遺物語作手、〉院に、浄観僧正と雲ふ人有けり、常の勤として夜る尊勝陀羅尼お終夜誦す、年来の薫修入て、聞く人皆不貴ずと雲ふ事無し、而る間、陽勝仙人不断の念仏に参るに、空お飛て渡る間だ、此の房の上お過ぐるに、僧正音お挙て尊勝陀羅尼お誦するお聞て、貴び悲て房の前の椙の木に居て聞くに、弥よ貴くして、木より下て房の高蘭の上に居ぬ、其の時に僧正、其の気色お恠むで問て雲く、彼れは誰ぞと、答て雲く、陽勝に候ふ、空お飛て過る間、尊勝陀羅尼お誦し給へる音お聞て参り来る也と、其の時に僧正妻戸お開て呼び入る、仙人鳥の飛び入るが如くに入て前に居ぬ、年来の事お終夜談じて、暁に成て仙人返りなむと雲て立つに、人気に身重く成て、立つ事お不得ず、然れば仙人の雲く、香の烟お近く寄せ給へと、僧正然れば香炉お近く指し寄もつ、其の時に仙人、其の烟に乗てぞ空に昇にける(○○○○○○○○○○○)、此の僧正は、世お経て香炉に火お焼て烟お不断ずしてぞ有ける、此の仙人は西塔に住ける時、此の僧正の弟子にてなむ有ける、然れば仙人返て後、僧正極て恋しく悲びけりとなむ語り伝へたるとや、