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安斎随筆
前編十一
一穏婆、とりあげばゞ也、国史、三鏡類、世継類等、古代の実録に、とりあげばゞの事なし、産になれたる常の老女、此事おせしなるべし、今の世のとりあげばゞといふ物は、近世の事也、是は老女などめしつかふ事もなきいやしき者、あたり隣の産になれたる人お頼み、其頼まれし人お、功者也といひふれて、所々よりたのみしが、後には家業の様になりて、とりあげばゞと雲者出来しなるべし、孕婦の腹に障り、腹お動かせば、難産になる也、とりあげばゞの不心得なるは、度々来て腹おなでさするあり、必難産になる也、功者なる婆は、少も手お付ざる也、産前より産に臨む時迄、天然にまかせて、少も人作お用ざれば、必安産也、人作お交れば、必難産也、孕婦病もなきに安産のためとて、服薬するも人作にて悪し、病あらば服薬もよし、産は病にあらず、人も畜生も、天よりのさづけなれば、天道にまかせ置べし、私お用べからず、