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有徳院殿御実紀附録

後宮の女房懐妊せし時、京より名ある穏婆おめされ、府内の市中に在けるが、さばかり名高き者の事なれば、貴賤の限りもなく、就草ある家々より呼むかへしかば、其穏婆一日も家にある事お得ざる由お聞き、町奉行中山出雲守時春、庁に召よせて、女は公用にて府に参りながら、日ごとに家にあらずと聞し、御用あらん時、いづかたにあらんもはかりがたければ、今よりは、たとへ権貴の家々より呼むかふとも、奉行所にことはりてのちまいるべしと令したるよし聞しめし、出雲守が申所、其理なきにあらざれども、奥の女房、いまだ分娩の期月にもあらざれば、よぶ事も有まじ、世の人の為たよりよき事ならば、期月までは、はゞからず人の招に応ずべし、期月にいたらば、かまへて家にありて、他にゆくべからずと命ずべきよし、仰下されければ、伝へ聞人、おしなべて、おほやけなる御心おかしこみけるとなり、〈兼山麗沢秘策〉