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叢桂亭医事小言

咽隔 反胃( ○○)
反胃又翻胃とも雲、同義也、金匱に胃反と出、猶転胞胞転、是は隔と違て食不下には非ず、食物得と胃中に納りてより出、朝に食して暮に吐す、澼嚢と雲もの反胃と同病にて、近頃此辺の医多澼嚢と呼、何故にか近来此病多、全胃の力乏、飲食不能消化、故に億気酸辛鼻お衝き嘈雑すること頻にて腹痛甚く、吐せば痛作止、故に指お以て探吐す、食物お吐尽の後には水お吐す、何水の出るやと思ふ程多く、其水も吐尽せば煤色の物、又海苔の如お吐ことも有、滑便の人も有れども先秘閉す、便の通ずるは痛薄し、大概朝飯前快く、午食後に至て腹痛し、以上の語る症お作し、晩間晡後に吐、丁字湯曼倩湯主之、其人飲食味不変、却貪食平日に異なり、此病寒疝に属す、臍傍に堅塊あり、是お按せば五体にひびきこたゆ、数日お経たるは、腹の津液なく、筋ばりて常に鳴、或足跗に微腫有、又腹面に一物浮出てむつくりと頭足有が如く、按せば手ごたへ無、ぢくぢくと鳴て没す、不鳴に無なるも有、出没無定所、非塊非絡脈凝結、此物の見るるは大病にて、一快お得も又再発す、甚不審に思ふ時に、一狂人切腹するお押留てけるに、臍傍三寸許切たり、是お縫て治たる後に胃反お患、彼腹面に件の物浮出て如小鼠、又蛇なんどの動に似たり、按すればたわいも無く没するに、其疵口の痕の辺にて消す、仍て思に是必大腸の脂膜の切て、腹のほぐれて収らざるならんと、是より意お用て胃反の人お見るに、果して大腸の脂膜切ゆるみ、定位に不収也、疝気に蟠腹気と雲有、万病回春に盤腸気に作、是適当の文字なれども杜撰の恐あり、金匱寒疝篇の大建中湯に有頭足上下すと見ゆ、即是お雲、最建中湯主之所也、此病は法則お守ば什に七八は治す、外台に華佗お引て、胃反病朝食後吐心下堅如杯、往来寒熱、吐逆不下食、此為寒癖所作と有、千金翼に、澼澼作治痰飲、法日、諸結積留飲、澼嚢胸満、飲食不消、灸通谷五十壮と見ゆ、寒疝とも寒澼とも雲べき也、其源は淤血凝結して形お作たるなり、此病人何にても見あたる物お貪食し、食すれば必腹痛す、魚肉餅麺生冷菓実の類お食せば、別て大痛して晩に至て吐す、故に厳禁すべし、仍日用の食物常法お定む、一日に陳倉米一合より二合半、粥又やわらかの湯取の飯、是お四度に分て食せしむ、飲物の多お嫌が故に、薬も一占に限り、湯水も一合お一日の分量とす、茶は別て悪しし、焼塩、ひしほ、梅干、焼味噌位のことにて食せしむ、厚梁の物胃中に入れば不能消化が故に痛むなれば、淡薄にて消化し易お食しめ、自然に胃の力復すれば経日月而愈ゆ、愈て後も禁食専一也、然ども此食忌のこと容易の教戒にては守かぬる、腹痛も吐も合点にて貪食するもの也、此法お守る人は皆可治、不能守人は辞て不与薬、病状は旋覆花、代赭石湯、附子粳米湯に似たれども、曼倩、丁字、背に徹痛せば、当帰湯、吐甚には安中散、疝と積とお参考して、桂枝加附子烏頭湯に香脂丸お兼用するも、大小建中工彖散も用ゆべし、秘閉甚には大甘草湯に加呉茱萸牡蠣お用ゆ、積聚門に語る赤丸も、生漆お酒にて用ゆるも、此筋に工夫して用ゆべし、人の手お束たるお治べし、