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療治夜話
初編下
治験
八宮村久吉娘、十歳許り、腹痛嘔吐お患ふること月余、蛔お吐すること数十条、食漸々減じ、今や絶粒となる、腹痛益甚し、診するに、腹中塊あり、大さ椀の如し、其塊物お熟按すれば、手に応ずる者あり、恰かも蚯蚓の如き物あつて、蠕動するが如きお覚ゆ、是蛔無数腸胃の中にありて塊おなす也、鷓胡菜湯お投じ、独歩丸お副用す、爾後毎日蛔お吐下すること数十条、遂百余条に至て塊消し痛み減じ、食少しく進む、形体羸痩、飢猿の如く、面部足夫微浮腫す、今や虚に属す、然れども蛔未だ尽ざるの腹候なり、故に執して前方お投ずるに、毎日蛔お吐下すること数十条、下蛔多く吐蛔少なし、遂に又百余条に至る、爾後大便下利日に三四行、毎下腹痛す、形体益羸痩し、面色痿黄し、脣舌淡紅にして、浮腫自若たり、蛔お吐下すること止む、前後出る処の蛔お通計するに、二百五十余頭なり、蛔の生々するも亦火しき哉、増損安、蛔理中湯に転じ、椒梅丸お副用す、腹痛止み、下痢減じ、能く食し、周身浮腫加はる、腹中虚脹して腫れ、蛔の腹候更に又あることなし、是蛔尽て虚腫となるもの也、香砂六君子湯加麦芽に転ず、爾後漸々腫消し、下利止み、飲食常に復し、形体も亦肥ゆ、久ふして全功お収む、