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耳嚢

鼠恩死の事〈附鼠毒妙薬の事〉
西郷市左衛門といへる人の母儀、鼠お飼ひて寵愛せしが、如何しけるや、彼鼠右母儀の指に喰付しが、殊の外痛みはれければ、市左衛門立寄て憎き事かな、畜類なればとて、日比の寵愛もかへり見ず、かヽる愁おなせる事こそ、不屈なれとて、打擲なしければ逃失ぬ、其夜母儀の夢に、かの鼠来りて、右指へ白躑躅の花の干たるお付ければ、立所に鼠毒お去て、愈るよしお述て、右白いつヽじの花お、枕元におくと見て夢覚ぬ、驚きさめて枕元お見れば、有し鼠は死て、白つヽじの花おくわへ居ける故、右の花お指の痛に附しに、立所に腫もひきて、快くなりしとなり、