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病家須知

金瘡打撲の心得お説〈○中略〉
また金瘡お洗に、むかしより火酒お用ることなれども、洗ときに、劇痛堪がたきのみならず、暑月は、膿やすくして、大に可からず、それよりも、石灰お水に撹て、その澄清お以て洗かたが、血の止ことも速にして、痛も少く、且愈ことも早し、それは新汲水二三升に、石灰お両手にて二掬許も投、撹て後、澄清し、畑絹にて濾て、直に用ふべし、必温るにおよばず、これお一外科には、秘伝の水薬といひて称用しが、近来喎蘭医の単の水お用ると聴て、それに効ことになりゆ、これ、予が思ふ旨と、符合せることにて、石灰の水薬に比ては、水お用るかた、大に利ることあるなれども、俗人は、金創お水にて洗といはば、必訝ていはん、洗ところの水が、創口より入て、破傷風にならんかと、これ決してなき理なれども、医士にも、志か謬慮する輩のなきにあらねば、その嫌疑お懼るものは、この水薬お用ふべし、たヾかの火酒お用ひて、金創お洗て、空に患者お苦痛せしめ、且後害お為こと多に比ては、其功猶優ることなり、故にその弊お救んが為に、これらの説にも及べるなり、水療俗弁の中にも、此事お論じたれば、宜併考べし、さて深き創処は、小児の玩具に用る竹にて造たる喞筒などお用て、創口へ弾射て洗も可、外科には、すぽいとヽいひて、鍮銅にて製たる筒お用、これその洩血お、微も中に遣ときには、必膿潰ざれば、愈ることなきが故に、慎で之お洗去ることなり、もしかかる器もなきときには、よく其創脣お左右へ開て、傍人おして、土缶にて灌て、洗もまたよし、預白き棉布お、創の大さより、四五分許も長く裁て、それお、鶏子白に蘸おきて、さてよく洗たる後に、創脣お婦女子の衣装の破裂お緝襴るやうに、心お定て微も参差なく、齟齬ぬやうに窄合て、ありあふ椰子油、豬脂、または麻油やうの物お、脣口へのみ塗て、その両方へ、この鶏子白に蘸たる布お宣て、その上より、また〳〵木綿お摺て、水と醋お等分に合たるに打湿て、創上に圧定、さて縛綿お施なり、木綿お縛には、終始創脣の齟齬ぬやうに、緊からず、緩からぬやうに、木綿の無益に重畳ぬやうに、徐々と微も浮気ことなく、心お臍下に在て静に縛了べし、