市中取締類集

九の四十五

堕胎御禁止一件〈天保十三寅年六月〉
寅七月六日越前守殿〈江〉荒井甚之丞お以上る、同十一月廿八日承付候様、同人お以左衛門尉〈江〉御下承付致し返上、市中女医師之儀に付、奉伺候書付、〈書面伺之通相心得、別紙申渡案之内、御掛紙之通、相直申渡候様可仕旨被仰渡、奉承知候、〉 烏居甲斐守寅十一月廿八日 町奉行市中に有之候女医師と申もの、専ら堕胎之儀お生産と致し候儀、不仁之所業に付、以来急渡御禁止有之可然哉、猶是迄女医師之名目に而押出、堕胎之方のみ生産と致し候儀とも不相聞、一体難産等之砌、其児お殺し、其母お助候時宜も有之、是又不得止より出候儀、厳敷御禁止に相成候はば、却而非命之死お遂候もの多く可相成哉、全右に而男女淫奔野合之根本お断ち候と申にも有之間敷哉、右等之趣、得と勘弁仕可申上旨、御書取お以被仰渡、勘弁仕候処、市中女医師之儀、中条流お申立に致し候上は、都而出産之手当、経水不順之療治向は、持前に候処、近来血道之療治致し候ものは無数、堕胎之儀お重もに引受、妊身のもの共お、猥に逗留為致、療治代飯料等、日数凡七日見積に而、金壱両弐分位より、頼人之身元に寄候而は、手重に申成、過分之金高お申受候類も有之哉に御座候、猶難産等之節は、児お殺、母お助け候業は、元来産科之預り候医術に可有御座、右女医師に限り候生産にも無之候間、市中女医師総而御禁止被仰出候共、難産之手当等に差支は有御座間敷、併堕胎之儀に不拘、血道之医師正く致し候分は、不苦儀と奉存候、且又生質不慎もの共、向後之覚悟も無之、及密会候は、人情之難止儀に付、堕胎之産業取潰し候迚、男女転び合之根お断ち候迄には行屈申聞敷哉に候得共、何れにも仁術お表に致し、内実残忍之所業に付、堕胎之儀おば、厳敷御禁止可相成筋と奉存候、百姓共、大勢子供有之候得ば、出生之子お産所に而直に殺候国柄も有之、以来右体之儀無之様、明和度御触之趣も有之、堕胎義も、右同様、不仁之至、以後急度相止、若相背候ものは、吟味仕候見込お以、別紙之通り市中〈江〉申渡候様可仕哉に奉存候、依之御書取返上、此段奉候、以上、
七月 遠山左衛門尉
烏居甲斐守○按ずるに、堕胎の事は、礼式部誕生祝下篇にもあり、参看すべし、