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春雨楼叢書
二十三
産婦
小琉球の島の辺は、婦人皆産すれば、其産屋の辺りにて、一七日が間、昼夜火お焼ことなり、家富る者は、何百束焼るとて、薪お多く焼たるお手柄とす、貧しき者までも、皆夫々に焼なり、夜も白昼のごとし、其故に其家は格別暖気にて、汗も出るほどの事なり、上方などの産婦も、隻逆上する事のみお恐れる故、焼火おみる事などはこのまず、況やそのごとく、昼夜火数焼て、火気にせめられては、必ず穏なる産婦にても逆上の憂起るべし、上方にては忌べき事お、彼地にては、返つて養生に成と思へり、むかしよりのならはしは、不思儀のものなり、元より辺国は、腹帯といふ事たへてなし、椅子の中にすはりて、横寝せずといふ事もなき事なり、産後は心よく横に臥て、気血お納る事なり、辺土には医者も取上婆々もなけれども、皆安産して、難産は甚だ希なり、〈○中略〉又安芸の国厳島など神地なる故、穢れお殊更忌なり、此島の女、産に臨む時は、急に舟に乗て、芸州の地方に送り、厳島にては、むかしより産する事なし、少し腹痛むや否や、舟に乗する事なり、軽き時は浜端にても安産するもあり、又船中にて産するもあり、産前に動する事、危きことなれども、格別の難産もなく、又産後の病ひも起らず、所々の風儀とて、おかしき事どもなり、