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春雨楼業書
十二
奇病〈并〉鍼術
広瀬伯鱗は、放蕩にして、鍼術お業とし、予が方へも来りし事あり、口并両手双足に鍼おはさみ、一度に人施す故、吉原町などにても、五鍼先生といへる由、彼もの、安藤霜台の方へ来りし時、同人祐筆何某お見て、御身御不快なる哉と尋けるに、不快なりと答ふ、暫くありて、総身汗お流し、面色土の如く成りし、伯鱗是お見て、肩へ一鍼お下しければ、うんといふて気絶せしお、足の爪先へ又一鍼下し、息お返し、夫より一両日療治し、快気しけるが、伯鱗教示しけるは、御身、来年今頃用心し玉へ、又かヽる病気あるべし、其時療治せば、命恙なしと語りしが、翌年にいたり、其身も忘れけるにや、霜台の元お暇お乞ふて、神楽坂辺武家に勤けるが、果して翌年其頃同病にて病死しぬ、