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増鏡
八飛鳥川
その夏〈○文永十年〉春宮〈○後宇多〉例にもおはしまさで、日ごろふれば、〈○中略〉和気丹波の薬師とも氏成春成、夜昼さぶらひて、御薬の事いろ〳〵につかうまつれど、たゞおなじさまにのみおはす、いかなるべき御事にかと、いとあさましうて、上〈○亀山〉もつとこの御方にわたらせ給ひて、見奉らせ給ふに、御目の中、大かた御身の色なども、ことの外に黄に見えければ、〈○中略〉かばかりになりては、御 灸( やいと) ならでは、まが〳〵しき御事いでくべしと、おの〳〵おどろきさはぐ、いまだ 例なき事( ○○○○)は、いかゞあるべきとさだめかねらる、位にてはたゞ一たびためしありけり、春宮にてはいまださる例なかりけれど、いかゞはせんとて、おぼじさだむ、七にならせ給へば、さらでだに心ぐるしき御ほどなるに、まめやかにいみじとおぼす、薬師と大夫〈定実〉の君、ひとりめし入て、又人もまいらず、御門の御前にて、五所ぞせさせたてまつらせ給ひける、御乳母ども、いとかなしと思ひて、いぶかしうすれど、おさ〳〵ゆるさせ給はず、宮いとあつくむつかしうおほせど、大夫につといだかれたまひて、上の御手おとらへ、よろづになぐさめ聞えさせ給ふ、御けしきのあはれにかたじけなさお、おさなき御心におぼししるにや、いとおとなしく念じ給ふ、かくてのち程なくおこたらせ給ひぬれば、めでたく御心おちい給ひぬ、