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甲子夜話
六十二
林曰、或人の談話に、故豆州〈松平信明閣老〉臨終前の疾、腫気にて、不通になりしとき、一医 案腹( ○○) して、小水お通ずる秘術お為す者ありと聞て、其者お呼で案腹せしむれば、果して通利あり、その翌日に、医至りて、又案ずるとき、豆州雲ふ、今度、我が疾は迚も不治と覚へたり、もはや頻に案するに及ぶまじ、併しこの法は、平素未だ知らざる所の奇術なり、諸人お救ふべき大切の術なれば、秘せずして、その伝お広くすべしと、純々暁諭せりとぞ、真に老職得体の言と謂べし、折に触れ、何かの事ども、思出でヽ、痛惜に堪ざる人なりけり、