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安斎随筆
後編五
一療痘 疱痘は食傷或は風邪感暮冒等、熱に乗じて発起するものなり、熱気強ければ発し尽し、熱弱ければ発し尽さずして内攻するなり、痘皮裏に在りて発起せず、或は発して後痘根紅色変じて白くなり、痘頂黒陥す、是熱弱の発熱緩なるものなり、温剤お以て発熱お助けて痘毒お発表せしむべし、是等の症は臍帯、或は紫荷車、或は人の爪、或は柳の虫等お煎じ服さしむべし、或は酒お呑ましむべし、皆妙効あり、是経験する所なり、近年庸医一角〈うんごる、俗にうんこうる、〉お用ふる事お好むは誤なり、一角は毒お解するの神薬なり、食毒には奇なり、痘毒には却て悪し、凡解毒の薬性みな寒冷ならざるはなし、一角之性寒冷なり、其寒薬なる一角お服せしむるに因て熱勢醒て弥発起せず、勢脱して終に死に至るなり、烈しく発表すべし、右の如くなる症に調合の薬は甚緩し、右に記す処の臍帯已下の物お煎じて多く呑ましむべし、酒おも呑ましむべし、又彼の品々お一つに合せ煎じ用ふるも、薬勢弥強かるべし、酒は痘の良薬なり、〈食物、性緩なるお忌むべし、〉既に痘発起し尽さば、右の薬おば止むべし、酒も止むべし、曾て聞く或貧家の小児痘発したれども、起張せずして死す、貧なれば棺作る事もならず、酒樽お求めて死骸お入れ、夜に入て葬せんと欲す、夕日の頃小児蘇生して、樽中より母お呼びたりと、是酒気に蒸れて痘発張したるなり、