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志豆の石室

素問の挙痛論に、 百病生於気( ○○○○○) 、怒則気上、恐則気下、喜則気緩、悲則気消、思則気結、驚則気乱、寒則気収、炅則気洩、労則気耗、とも有る如く、諸病も此より生ずるでござる、〈○中略〉然ればこれ程やんごとなき大事の処ゆえ、医書と雲ふ医書は本よりのこと、諸道諸業、何れもこヽへ気おたヽみ蓄へることおさとし、まづ天竺では、釈迦よりも遥まへより学び来つたる、婆羅門の修行も治心と雲て、心おこヽに治むるの修行、また釈迦の修したる処も、これに外ならず、されば諸宗の安心も、雲もて行けば、みな同じ意に帰することでござる、又諸越の神仙の道お伝へたと雲ふ道家の輩の修行する処もこれで、皆こヽに気が聚まれば無病になり、無病じやに依て長寿お保つと雲の義で、此修行お不老不死の術などヽ雲た物でござる、気海の下の空処お丹田と雲も、其不老不死の丹薬お蓄へたる田と雲ふの義お以て名けた物じやと見えるでござる、