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筆のすさび

一病源薬性之説 近日医師に、 病は一気の留滞より生ず( ○○○○○○○○○○○) といふはさもあらん、魚は水に生じて水に養はれ、人は気に生じて気にやしなはるればなり、此説につヾきて 万病一毒( ○○○○)といふ者あり、これは通じがたきにや、たとへば胎毒結毒は人にあり、魚毒菌毒は物にあり、風毒陰陽毒は気にかヽる、これ皆毒とも雲ふべし、打撲顛躓にてわづらひ、火傷水溺にて死に至り、刀剣の傷よりして命お殞し、過食にていたむは、抑何の毒なるか、米麦もと毒なけれども、多食より病おひき、梃刃もと毒なけれども、傷より患ふるなれば、毒といはんか、さらば河豚烏喙の類、其ものにたくはへし毒とは一にあらず、病お生ずるものおさして皆毒といはヾ、万病一病といひても可なり、また薬に寒温なしと雲ふ説ありて、試に水おあげて、女が性いかにととはヾ、水こたへて冷といはん、沸湯にしてとはヾ、熱といはんなどヽいへり、今試みに酒お挙げてとはヾ、温といはんか、冷といはんか、大抵はやく人お驚かし、門戸おたてんとおもふ人は、必かヽることある者なり、独儒者のみにあらず、さりとて其人愚昧なるにもあらず、亦信ずべきこともまヽあるべし、かヽる不稽の説ありとて、悉くもすつべからず、予香川氏の行余医言薬選などおよみて、その卓識に服せしことも多けれども、また疎漏の説もあり、後藤吉益等の書は、いまだ読まざれども佳説もあるべし、〈○註略〉病は丙の字なりといふ説、輟耕録に見えて妙なり、今こと〴〵く記せず、人は一気の陽もて生存す、この陽常ならざれば病なり、強人さむくして振ふも、弱人の寒になやむも、皆陽気の変にて、証に寒熱といふは枝葉の論なり、療治にいたりて、或は温、或は凉、或は発散し、或は収渋するは、療治の手段にて、こヽにいふおまたず、