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紀伊続風土記物産
一石
温石〈天文本和多抄雲、温石温音如運、康頼本草に滑石、和名御之也、久とあるはうけがたし。〉延喜式諸国貢薬中に、紀伊国温石、一百二十斤とあり、今名草郡天野荘藤白峠の産上品なり、那賀郡小倉荘上三毛村の産下品なり、〈一説に、温石に熨病の用ありて服餌の方なし、本草和名に滑石出紀伊国とあるおみれば、温は滑の誤なるべしといへり、按ずるに、漢土にて温石といふは、一石の名にあらず、唐陳蔵器本草拾遣に、久患下部冷久痢腸腹下白膿焼塼并温石、熨及坐之、並差、但取堅石、焼暖用之非別有温石也といへり、又本草和名に、温石今焼火熨人腰脚者也といへるも、拾遺の温石お引るなり、是に拠てみれば、温は滑の誤といふ説可なるに似たり、然れども本国にて滑石の産する所いまだ詳ならず、温石は今に多く産して、式に載するおもて名品とす、若滑の字の誤とするときは、此石お温石といひ始しは、何れの頃か考ふべからず、又一説に式の温石は、此石火に焼き病お熨するに効あれば、拾遺の温石の名お借りて、一名の名となしヽものならんといへり、猶考ふべし、〉