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年々随筆

又〈○南留別志〉源氏物語おみれば、病に薬用る事はすくなくて、大形は祈禱おのみしたるやうなり、今も田舎のものはかくの如し、鬼お尊べる風俗の弊なるべしと有、延喜式、政事要略などおみるに、むかしとても病には必医薬おもはらにせし事なり、源氏物語おふとうちよみて、薬お用る事なしとはいひ難し、葵巻に、いざや聞えまほしき事いと多かれど、またいとたゆげにおぼしためればとて、 御ゆ( ○○) まいれなどさへあつかひ聞え給ふお雲々、柏木の巻に、宮はさばかりひはつなる御さまにて、いとむくつけう、ならはぬ事のおそろしうおぼされけるに、 御ゆ( ○○) などもきこしめさず、身の心うき事お、かゝるにつけてもおぼしいれば、さばれ此ついでにもしなばやとおぼすとある、御ゆは薬なり、これ巻々に多かり、そのかみは験者のいのりにて病の癒し事なれば、鬼お尚べる弊風俗ともいひがたし、畢竟は医といふもまじなひ也、億といふ字の巫に従へるはまじなひなる故なり、丹波康世の億鍼法おみるに、多く千金方によりて、方ごとに呪文有、令にも典薬寮に、呪禁師、呪禁博士、呪禁生ありて、まじなひて病お療す、此呪禁は、唐書百官志にも有、皇国のみ鬼お尚ぶ弊風なるにはあらず、