[p.0998][p.0999]
春雨楼叢書

産家の禁食
産婦は、総て産前より産後お謹むべし、〈○中略〉貝原氏も、産後に藷蕷お食はする事お忌むと雲、余試るに、果して血お崩して死お致す、是れに因て考るに、藷蕷は本と山生の物にて、何ほどの堅き土の底までも深く入りて、毎年新根お生じ、旧根は朽るも、百年お経て枯尽る事なし、其蔓も数丈お引て、水旱の難おいとはず、是れ本より性気強き草故なり、是れお以て、山薬とて、癆瘵等の補益の効あり、其性気強き者お、弱き腹中に食すれば、益なふして返て損する事しかり、其味淡く軟虚なるお以て与ふ、本が性分強き効ありて、返て血崩する理お考ふる人なし、必しも多く与ふる事なかれ、又朝鮮の婦人、長崎に来て産す、即椎菌三斤お請ふ、是お日々産婦に与ふ、朝鮮の国風皆しかりと雲、本国に在て、自由なれば、尚又五斤も与へたしと雲、余嘗て雲く、凡菌類は湿熱裏蒸して、無形より有形の物となる、故に湿物にて、病家猶忌むべき者なり、余隅州の霧島山に行て、椎の木お切て、菌お作る所に至て見るに、男女老弱の別なく、皆黴瘡お患ふ、皆伝染にあらず、山気にて、自然に発すと雲、山気もあれども、朝夕の食物に、此菌お食す、是れ内に湿気お貯ふ故に、此瘡お生ず、此山民に、其故お尋るに、菌の故にあらずと雲、其朝鮮の婦人、此湿物お、産後に数斤お服するは、皆後患になるべし、越後の鱅の如し、是等は理外にて、理お以て論ずべからず、隻土風のしからしむるは、教への及ぶ所にあらず、其毒に中りて死す、其毒に非ず、天命とす、肥前の島原の人、一日に三度河豚お食す、一度食せざれば、勢気大に減じたりと雲、しかれども此等は其毒お為して、後患となる事は希なり、都下の人の如きは、日々過食して、日に疾病となる、天年の数お縮る事おしらず、此人に限て、無益に日お送る、酒中の仙と雲人には至らずとも、酒徳お楽で、酒毒に苦しめらるゝ事なかれ、