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明良洪範
十七
渡辺大隅守、江戸町奉行の時、医師と、らい病人の論有、医師雲には、金五両にて、らい病の療治お請合て直し候へども、未だ金子渡し申さずと、らい病人雲には、金五両にて療治は頼み候へども、全快の上、金子渡すべき約定に候、然に、よき方には相成候へども、未だ全快は仕らず候に付、金子渡し申さずと雲、大隅守、其者の面体お見らるヽに、腐れ煉れては有らざれど、中々全快とは見へざれば、其方、未だ全快は仕らずといへど、医者申には、直したりと雲、然らば約定通り、金子相渡すべしと雲、らい病人答て、医師直したりと申とも、又全快仕候にもせよ、久々病気にて、家業も相休み居り候へば、隻今、至て困窮仕り居り候に付、金子の儀は、中々でき申さず候と雲、大隅守、久々煩ひ、家業相休、困窮に及び、金子できずと雲は、至極猶なれど、約定の事なれば、渡さざる時は、偽りに成り候に付、相済ず候間、其方、奉公住み致し、其給金お以、医師の薬礼追々に成とも皆済せ申べしと雲、らい病人答て、か様な病有る者、誰か抱へ申さんと雲、大隅守、医師に向て、其方此者の悪病お直し候と申からは、金子お受取らずは、承知はすべからじ、されど困窮に及び、金子できずと申ければ、其方、此者の請人に立、何方へ成りとも、奉公に遣はし、其給金お薬礼の代りに、追追に、其方受取申べしと雲、医師答て、かヽる穢は敷面体の者、召仕ふ人、何方にも有べからじと雲、此時大隅守、医師おはつたと白眼て、其方、最初は、らい病お直したりと雲ひ、今又かヽる穢は敷面体と雲事、其意お得ず、直せし者ならば、けがらは敷は見へざるべし、けがらは敷見ゆれば、直せしには有らざるべし、其方心底は、病人、追々困窮に成るお見て、早く金子お取て仕舞んと思ひ、未だ直しきらざるに、直したりとして、金子お取んと思ひしより、かく奉行所へ訴へ出しなるべし、医師お業としながら医師の本意に違へる不届者め、強ひて申立るに於ては、急度申付方有るぞと叱りて、名主五人組へ預け帰されける、