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延寿撮要
上古の人は無為無事にして、自然に養生の道に合す、中古にいたりて人の智慧盛にして、善悪おわかち名利お専とし、衣服おかざり、酒色おこのみ、形神お労す、故に天年おつくさずしてはやくほろぶ、黄帝の時さへかくのごとし、いはんや今の世おや、道に入といひて、あながち山林に入、世お離るのみにあらず、朝夕世俗にまじはりても、言行さへ道にかなひぬれば、すなはち道に入人なり、少壮の時より常に道おきかば、いかでか道にいたらざらむ、しかるに養生の道、ひろく雲ば千言万句、約していえば惟これ三事のみ、養神気、遠色欲、節飲食也、此事易簡なれども人これおきかず、もし聞人あれども其身に行ふことなし、少壮の時血気盛実なるゆへに、酒色お資にし身心お労しても、たち所に病にいたらざるによて、寿算の損減するおしらず、中年の後漸おぼえて命おのべん事お求む、日暮て道おいそぐにことならず、人の寿おいふに、天元六十、地元六十、人元六十、三六百八十年の寿お生れ得るといへども、摂養道にたがひぬれば、日々月々に損減して夭枉おいたす、精気かたからざるものは天元の寿減ず、起居時あらず喜怒常ならざる者は地元の寿減ず、飲食節あらざる者は人元の寿減ず、故に保養の道少より壮にいたり、壮より老にいたるまでかくべからず、聖人治未乱而不治已乱、治未病而不治已病雲々、既に病となりて後は、よく医療すといへども、全くいゆる事かたし、未病の時治療するお養生者といふべし、孫真人雲、人年四十以後、美薬当不離於身雲々、誠に中年の後は、気血おやしなふ薬常にもちふべし、但平補の薬食お用べし、峻補お用ふべからず、又強て補薬おこのむべからず、薬は邪おせめ、かたぶく所お平にする者也、生れづかざる気力お薬にて生ずる事、風なきに波お起すなるべし、洞神真経曰、養生以不損為延年之術雲々、補陽の剤お過し用れば、真陰耗減して、瘡瘍淋湯の疾生ず、補陰の剤お過し用れば、胃の気虚冷して飲食消しがたく、大小便たもちがかし、又衆病積聚起於虚雲々、中下焦虚するによて、心腹満悶する事あり、しかるに虫お殺し積お消す事、薬お用て重て中気お耗損す、又すこし風寒の邪に感じて、発散の薬お服する事度々に及べば、腠理空疎にして、自汗盗汗出て、外邪いよ〳〵入やすし、又おもく邪に感ぜば、皮膚にある時はやく薬お服して汗お発すべきに、其時怠て病骨髄に入て後薬お求む、十に一も愈事なし、扁鵲桓公の故事思あはすべし、隻邪の軽重おわかたん事お要とす、