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今昔物語
十五
伊勢国飯高郡老嫗往生語第五十一
今昔、伊勢の国飯高の郡の郷に一人の老たる嫗有けり、〈○中略〉此の嫗忽に身に病お受け日来悩み煩ひける間、子孫お初めとして、家の従者等皆此お歎て、飲食勧め病お扶けんと為るに、嫗俄に起居ぬ、本著たりつる所の衣は自然ら脱落ぬ、看病の者此れお恠むで見れば、嫗右の手に一葉の蓮花お持たり、葩の広さ七八寸許にして、光り鮮やかに、色微妙くして香馥ばしき事無限し、更に此の世の花と不見えず、看病の輩此れお見て奇異也と思て、病者に問て雲く、其の持給へる花は何こに有つる花ぞ、亦誰人の持来て与へたるぞと、病者答て雲く、此の花は輒く人持来て得さする花にも非ず、隻我れお迎ふる人の持来て与へたる也と、此れお聞く看病の輩奇異也と思て貴ぶ間、病者居作ら失にけり、