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病家須知

看病人の意得おとく〈○中略〉
第三等は、病勢既に進て、気力衰耗、飲啖も減じ、坐臥に、人の扶お頼ものは、薬の力お待べきこと、固然なれども、看侍者の用意の可と否とにて、懸に隔のあることなり、医者三分、看病七分と、諺には言習ども、看護およく領知たる人は少にて、無には如ざるもの多、故如何となれば、食事にも与べき時あり、薬にも用べき度ありて、頻薬お服しめ、強て食お与ては、病者の腹力、それに耐がたく、薬も食も泥滞て、下降がたきが故に、皆適害とはなるとも、効あることはなきなり、〈○中略〉凡常に忍らるヽことも、病ありては、堪がたきものなれば、其気候に応じ、病人の体に適やうにして、其側に在看病人も、爽快ほどが、患者にも可ものなり、病人なればとて、頻温暖て、良ものと思は、愚昧なることなり、とかくに其平素に背たるは、必害あり、貴賤貧富、其分に従て、病者の処置は異とも、唯其身に習慣まゝなるお佳とす、近属或僻邑にて、丐嫗の、痘児の灌膿の時なるお負て、村里に食お乞たるお、一富豪之お視て、憐愍なることに思ひ、竈夏の傍に、子舎のありしに入しめて、飯など与、医お招て薬お服しめ、痘の収までは、此に居てとらせんとて、懇切なるお、丐嫗も、嬉てありしに、其夜中に、さしも盛に膿たる痘、忽に没て、苦悶に驚懆、医お乞て診せしむれば、此医師、やゝ儇利たるものにやありけん、是は全寒風霜雪おも避ず、慣きたりしものが、卒に室中にて、鬱閉たるが故に、如滋変証も発たるならん、試に露地へ出おきてみるべしといひて、夜中に、戸外へ藁莚お延て、乞子の母子お出し居、さて詰旦てみれば、豆瘡再快発し、膿も十分に灌て、それより微の悩もなく収靨たりと聞り、是其常に背て、初の変証も発たるなれば、これらのことにても、病あればとて、蒼卒に其素習に異なるは、宜からぬ理おも推知すべし、