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医事或問

一或問曰、今の名医、朝鮮人参おもて気お補ふといふ、しかるに気に拘はらずして、療治し玉ふ事いかん、
答曰、元気は、天地根元の気にして、人の胎内にやどる時にうけ、造化の司所ゆへ、人力お以うけ変事あたはず、其気虚する時は、死ぬるなり、其長短は天にまかすべし、此故に、天子諸侯たりといへども、心のまゝにならざるものなり、なんぞ草根木皮お以、気お補助する事お得んや、古語曰、攻病以毒薬、養精以榖肉果菜とあり、いまだ薬おもて精お養ふといふ事お聞かず、仲景も、人参は心下の痞硬お治すといふて、ついに気お補ふといふ事なし、気お補ふといふは、疾医絶て遥に後世の人の説なり、唐の世迄もいはざる証拠には、孫思貌が、千金方に、人参なき時は、茯苓おもてかふるといへり、此語あやまるといへども、人参は元気お養ふとはいはざる事明なり、