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太平記
二十五
宮方怨霊会六本杉事附医師評定事
四五日有て後、足利左兵衛督〈○直義〉の北方相労る事有て、和気丹波の両流の博士、本道外科一代の名医数十人、被招請て脈お取せらるヽに、或は御労り風より起て候へば、風お治する薬には、牛黄金虎丹、辰沙天麻円お合せて、御療治候べしと申す、或は諸病は気より起る事にて候へば、気お収る薬には、兪山人降気湯、神仙沈麝円お合せて、まいり候べしと申、或は此御労は、腹の御病にて候へば、腹病お治する薬には金鎖正元丹、秘伝玉鎖円お合て、御療治候べしとぞ申ける、斯る処に、施薬院師嗣成、少し遅参して、脈お取進せけるが、何なる病とも不弁、病多しといへ共、束て四種お不出、雖然混散の中に於て、致料簡おけれ共、更に何れの病共不見、心中に不審お成処に、天狗共の仁和寺の六本杉にて評定しける事お、屹と思出して、是御懐姙の御脈にて候ける、しかも男子にて御渡り候べしとぞさヽやきける、当座に聞ける者共、あら悪の嗣成が追従や、女房の四十に余て、始て懐姙する事や可有と、口お噤めぬ者は無りけり、去程に、月日重、誠に隻ならず成にければ、そぞろなる御労りとて、 大薬( ○○) お合せし医師は、皆面目お失て、嗣成一人、所領お給り、俸禄に預るのみならず、軈て典薬頭にぞ申成されける、〈○下略〉