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東照宮御実紀附録
二十二
医薬本草の事なども、御心よせさせ玉へり、京都より、 施薬院宗伯( ○○○○○) まかりしに、常に御前にめして、与安法印等と、物産の事ども御尋問あり、又ある時、光明朱お求められしに、いづれも下品なれば、吉田意安宗恂が父は、明国へ渡海しつれば、意安父が持来りし朱お献りしに、御心にかなひ、さすが名家なり、かヽるものまで貯へたりと、御賞誉あり、この後は、海舶に、これお証として、購求せらる、又意安に、紫雪お製して奉らしむ、意安和剤局方に拠りて、調して献りしかば、是も御けしきにかなひ、此より衆医、みなこの製に効ひて作るとなり、ある時、南舶より、薄き石の一尺ばかりにして、側柏の如くなるお献る、其形、木賊、柏葉の連なりしに似たれば、めづらしと思して、衆医に問せ玉へども知者なし、意安、こは瑪瑙の花なるべしと御答せしが、後に、本草綱目お撿点せしに、果して申所の如くにて在しとぞ、