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安斎随筆
前編十一
一 印籠薬籠( ○○○○) 二つともに唐物也、大さ定らざれども、大概径三寸五分許にて、重筥也、三重四重あり、飾は、堆朱、堆黒、螺鈿等種々あり、其形円なるお薬籠と雲、四方なるお印籠と雲、薬籠は薬入也、印籠は印と色お入もの也、今世も、右の二色此方へ渡りたるお伝へて、座席の飾、違棚などの置物にする也、此方にて、今世印籠と名付て、小き重筥の両傍に紐通しの管お作り付て、緒お通して、腰に付るは、彼右に雲ふ所の印籠薬籠お小くしたるが如き者也、されば薬お入れるものお印籠と雲は、名の唱へ違也、小き物なれば、印は入られず、薬お入る物なれば、薬籠とこそ雲べけれ、又筥の蓋に、やろうぶたと雲ふものあるは、右の薬籠の蓋の如く、筥の身の端おうすくして、蓋の内へ呑み入るやうにしたるお雲也、奇異雑談〈六冊あり〉と雲書あり、古版也、今は絶版す、室町殿の代の人の記したる書にて、明応文明天文の年号見へたり、其書に、古き堂の天井に、女お 磔( はつヽけ) にかけ置たる物語の中に雲、是お見ずんば有べからずとて薬籠より火打蝋燭お取り出し、火おともし、天井にのぼりて見れば、女人お磔にかけておけり雲々、此薬籠は、蝋燭お入たるなれば大なる物なるべし、腰に付たる由は見へず、旅僧なれば、笈の中に入れ、具に薬籠お以て蝋燭筥にして、火打筥にも兼用しなるべし、