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疾病とは、身体に異状お生ずるの名にして、主として疼痛苦悩お感ずるお謂ふ、故に亦いたみとも、なやみとも雲ふ、而してつヽがと雲ふは、疾病の慎むべきより出でしとも雲ひ、或はつヽがと雲へる虫ありて、人の心お食ふと雲ふ伝説に基けりとも雲へり、又中世以来、疾病お歓楽と雲ふ事あるは、死おなほると雲ふの類にて、原と忌諱に出でたりと雲ふ、
疾病の数は甚だ多くして、古来四百四病などヽ称すれども、一箇の疾病に対して、其病症の経過によりて、一々別病名お附したるものも甚だ多し、大宝令には、疾病の甚しきものお挙げて、残疾、廃疾、篤疾の三種となせり、是れ口分田、及び兵役、調庸等の関係上より分類せしものにして、古代の戸籍には、詳に之お載するお見る、
凡そ人疾病に罹れば、古来親戚知人之お訪問し、官吏は暇お賜ひ、医薬お給する等の制もありき、而して又看病は、朝廷に在りては、旧くは多く僧尼お以て之に充てたり、〈看病の事は、医術篇に詳なり、〉さて身体各部の病症に就きて考ふるに、頭部の病には頭風、頭痛等の名あり、又胸の病と雲ふこと多く古書に見ゆ、蓋し肺病心臓病の類ならん、而して肺病は、古来頗る多かりしと見えて、之お古書に見ること甚だ多く、其種類に伝屍など雲ふものありて、其病の遺伝と伝染とに出づるものあることお示せり、又腹の病、腰の病と雲ふことあり、腹の病とは、蓋し疝癪、癥瘕( かめはら) 、其他胃腸に於ける諸病の名にして、今の謂ゆる消化器病の事ならん、又脚病と雲ふことあり、是れ脚気脚痛等の総称なるべし、
又皮膚に発生する疾病あり、通常之おかさと雲ふ、又癰疽の如き腫物類おも、広くかさと雲へり、其類甚だ多し、癰疽、丹毒瘡の如きは、頗る難治の病に属し、人面瘡の如きは、奇疾お以て著はる、又にきみの名は、後世は、単に面皰瘡のみお称すれども、中世の書史に見る所のにきみ即ち二禁と書するものは、多く難治に属する瘡類お指せるものにして、之に因りて死亡せしもの、往々之れあるお見る、
黴毒の起原及び伝来に就きては、古来未だ確説お得ず丹波庸頼の医心方には、陰部の病に陰瘡、妬精瘡など称するもの見ゆれど、之お黴毒とは認むべからず、梶原性全の頓医抄に玉茎疾病、玉門疫病なる病名お載す、蓋し疫病とは、伝染病の義にして、或は黴毒ならんとの説あり、而して永正年間流行せし所の唐瘡、琉球瘡なるもの、其症候稍黴毒の一種と認むることお得べし、徳川幕府時代に至りては、通常黴毒お 唐瘡( とうがさ) とも単にかさとも雲へり、但し当時の医書には、黴毒お三別して楊梅瘡、下疳、便毒と称したるものヽ如し、淋病は、古今其名お同じくして其実お異にするものあり、即ち古の淋病は、しばゆばりと称して、小便の出づること数多く、若しくは快く小便お通じ得ざる病症の総称なり、而して後世は専ら黴毒性より来る濃淋お淋病と称す、又古く石淋と称するは、小便の膀胱中に結石したるものにして、即ち今の膀胱結石お謂ふ、又消〓は渇して水お思ひ、而して快く小便し得ざる病お雲ひしが、後世には、専ら婦人の黴毒性淋病お消〓と称するに至れり、蓋し消〓には、三消と雲ひて、三種の消〓あり、而して其内の腎消は、其徴候頗る濃淋に類する所あるに因るならんと雲ふ、又一時の流行に出づる疾病も甚だ多し、而して古昔は医術未だ開けず、随て流行病の如き、其性質お詳にするお得ず、之お疫病即ちえやみと称し、或は時疫即ちときのけとも称し、其病原お悪神の祟と為し、之お攘ふお以て、預防免疫の主なる方法と為せり、流行病の内、傷寒、痢病等は、其流行甚だ旧し、痘瘡は古くはもがさ、又はいもがさ等と称し、或は其形状によりて、豌豆瘡とも呼ぶ、 赤斑瘡( あかもがさ) は、後世の麻疹即ちはしかにして、其病状略ぼ痘瘡に似たるより此名あり、而して後世の流行伝染病にして、其病毒の劇甚なるものお 虎烈刺( これら) 病とす、虎烈刺病は、文政五年に流行せしものお以て始とし、次に安政五年に非常の流行お極め、死者十数万人に及ぶ、而して文政度に在りては、医師未だ全く其病性お詳にせず、安政度に至りては、既に其病性お知りしも、予防、消毒、治療の方法等、未だ大に悉さヾる所ありて、甚だ惨状お極めたり、而して第三回の流行は、文久二年なり、又、 百斯杜( ぺすと) は、安政中、蝦夷の地方に流行せしことお伝ふるものあれども、実否は未だ詳ならず、
又人身には之に寄生する虫ありと雲ひ、其種類お九虫又は三虫に分ち、殊にすばく虫の事に就きては、古書之お伝ふるもの甚だ多し、又人体の九竅より出血するは、皆一種の疾病にして吐血、下血、衄血等其名甚だ多し、
癩病は古くより遺伝と伝染とお兼ぬる不治の難症と称せられ、猶も人に嫌悪せらる、故にかたい又は天刑病などの名あり、又白癩は世に白山かたいと称す、亦癩病の一種と思意せられ、大宝令には之お篤疾と為せり、
又風病と雲ふものあり、是れ単に感冒のことのみに非らずして、其他種々の慢性病お包含せるものヽ如し、風病の類に、咳病、 瘧病( わらはやみ) 等あり、瘧病は、即ち後世のおこりなり、又古代には風病お一に中風と雲へり、而して中風には、別に身体不仁、若しくは半身不随、四支不屈伸等の徴候お呈するものありて、後世 中風( ちゆうぶ) と雲ふもの是れなり、此他寒暑湿気等の毒に中り、若しくは飲食の毒、及び狗、鼠、其他動物の毒に中りて疾病と為るものあり、此他婦人には、殊に長血、白血、乳癰、乳岩等の疾病あり、小児には痞病、疳、驚風、百日咳等の疾病あり、