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大鏡
一三条
つぎのみかど三条院のみかどと申き、〈○中略〉院にならせ給ひて、御目お御らんぜざりしこそいといみじかりし、ことに人の見たてまつるには、いさヽかかはらせ給ふ事おはしまさヾりければ、そらごとのやうにぞおはしましける、御まなこなどもいときよらにおはしますばかり、いかなるおりにか、とき〴〵は御らんずる時もありけり、みすのあみおの見ゆるなどもおほせられて、一品宮〈○三条皇女禎子内親王〉ののぼらせ給へりけるに、弁のめのとの御ともに候が、さしぐしお左にさヽれたりければ、あこよ、などくしはあしくさしたるぞとこそおほせられけれ、この宮お、ことのほかにかなしうしたでまつらせ給ひて、御ぐしのいとおかしげにおはしますお、さぐり申させ給ひては、かくうつくしうおはするみぐしおえ見奉らぬこそ心うけれ、くちおしけれとて、ほろ〳〵となかせ給ひけるこそ、あはれに侍れ、わたらせ給ふたびごとには、さるべき物お、かならず奉らせ給ふ、〈○中略〉この御めのためにも、よろづにつくろひおはしましけれど、そのしるしある事もなきいといみじき事にて、もとより御風おもくおはしますに、くすしどもの、大小寒の水お御ぐしにいさせ給へと申ければ、こほりふたがりたる水おおほくかけさせ給ひけるに、いといみじくふるひわなヽかせ給ひて、御いろもたがひおはし給ひたりけるなん、いとあはれにかなしく、人々見まいらせ給けるとぞうけたまはりし、御やまひにより金液丹といふ薬おめしたりけるお、その薬くひたる人は、かく目おなんやむなど人は申しかど、まことには桓算供奉の御ものヽけにあらはれて申けるは、御くびにのりいて、左右のはねお打おほひ申たるに、うちはぶきうごかすおりに、すこし御らんずるなりとこそいひ侍りけれ、