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砂石集
七上
歯取人之事
一南都に歯取唐人有りき、或在家人の慳貧にして利潤お先とし、事に触て商ひ心のみ有て、得も有けるが、 虫の食たるは( ○○○○○○) お取せんとて、唐人が許へ行ぬ、歯一つとるには銭二文に定たるお、一文にて取りて給へと雲、少分の事なれば、唯もとるべけれども、心ざまのにくさに、ふつと一文にては取じと雲、良久く論ずる程に、大方取ざりければ、去ば三文にて二つ取玉へとて、虫もくはぬ、よに好きはお取添て、二つ取せて、三文とらせつ、心には利潤とこそ思けめ、されども疵なき歯お失ひぬる大なる損也、是は申におよばぬ大に愚なる事、鳴呼がましきしわざなり、