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落窪物語

北の方は、かの典薬の事により、起まして部屋の戸引き開けて見たまふに、うつぶしふして、いみじく泣く、いといたしや、などかくはの給ふぞといへは、 胸のいたく侍れば( ○○○○○○○○) と息の下にいふ、あないとおし、物の積かとも典薬のぬしくすしなり、かいさぐらせ給へといふに、類なくにくし、何か風にこそ侍らめ、くすし入るべき心地しはべらずといへば、さりとも胸はいとおそろしきものおといふ程に、典薬さわたれば、こちいませと呼び給へば、ふとよりたり、ことに 胸やみ給ふ( ○○○○○) あり、物のつみかともかいさぐり、薬などもまいらせ給へとて、やがて預けて立ちぬれば、くすしなり、御病もふとやめ奉りて、今宵よりはいかうにあい頼み給へとて、胸かいさぐりて手ふるれば、女おどろ〳〵しう泣きまどへど、言ひ制すべき人もなし、〈○下略〉