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療治夜話
初編上
治験
仙府一貴人の内相、四十一歳なるが、風邪に感冒し、宿疾の痰飲と、心気病と共に発動し、時々寒熱往来し、熱来れば、汗出、咳嗽、連頻吐痰す、常に悪風して衣被お重ぬ、時あつて気淪み、地中へ陥るが如きお覚え、或は怔忡驚悸し、又時あつて悲哀落涙し、又時あつて夜中眠らず、偶眠れば魘す、又時あつて手足顫振し、時あつて煩悶し、時あつて大汗し、小便時に赤濁し、時に清利す、大便時に秘結し、時に快通し、食相応なれども、〈少き時は常の半食なり、多き時は常食なり、塩味苦からず、〉病証時々不同あつて定まらず、舌上〈時に白胎となり、又は浅黒胎となり、又は浅黄胎となり、又は胎なし、〉も亦不同あり、脈も〈熱来る時は数脈となる、又熱解する時は遅脈となる、〉亦不同あつて一定せず、腹中右の中脘の辺に一塊あり、大さ小判の如くにして軟なり、時々出没す、諸名家虚労となして是お治療すれども寸効なく、荏苒として痊ず、褥床に平臥すること半年余、予〈○今村玄祐〉に治お求む、予診察するに、身体稍痩せ、腹中軟弱、虚里の動穏かにして肌熱なく脈緩なり、是亦 心気病( ○○○)なり、一旬にして治すべし、即ち移精変気の法お施し、甘麦大棗湯お呈し、油煙丸お副用す、日に三分、三次に分て白湯にて服さしめたるに、爾後日々快活お報じ、一旬にして全愈す、沐浴し、去爪し、束髪し、化装し出て庭前お歩行す、衆其奇功お称す、此人臥床することの久しき、汗することの多きにや、褥床お去るの時に至ては、畳及椽の板も皆朽たり、