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栄花物語
五浦々の別
かの承香殿の女御うみのつきもすぎ給て、いとあやしくおとなければ、よろづにせさせ給へとおぼしあまりて、六月ばかりにうづまさにまいりて、御修法薬師経の不断経などよませさせ給、よろづにせさせ給て七日もすぎぬれば、又のべて万にいのらせ給へばにや、御けしきありてくるしうせさせ給へば、殿しづ心なく覚しさはぎてまつ内に、右近の内侍のもとに、御消息つかはしなどせさせ給へば、御まへにそうしなどして、いかに〳〵など御つかひ参り、女院よりいかに〳〵とおぼつかなくなどきこえさせ給ふに、この御てらのうちにては、いとふびんなる事にてこそあらめ、さりとて里にいでさせ給はんも、いとうしろめたき事など、この寺の別当なども申給ふ程に、たヾごとなりぬべき御けしきなれば、さはれつみは後に申おもはんとおぼして、まかせたてまつり給ふほどに、たヾ物もおぼえぬ水のみ、さヽとながれいづれば、いとあやしうよつかぬことに、人々みたてまつり思へど、さりともあるやうあらんとのみさはがせたまふに、水つきもせずいできて、御腹たヾしいれにしいれて、れいの人のはらよりも、むげにならせ給ぬ、こヽらの月比のちのけはひだにいてこで、水のかぎりにて御はらのへりぬれば、てらの僧どもあさましういひ思、ちヽおとヾはなぬかやむと雲らんやうに、あさましういみじきに、かひきなといふことおせさせ給て、そらおあふぎて、ゆめさめたらん心ちしていさせ給へり、