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今昔物語
十五
小松天皇御孫尼往生語第卅六
今昔、小松の天皇の御孫にて尼有けり、若くしてと雲ふ人に嫁て三人の子お産せり、其子共幼くして皆打次ぎ失にけり、母此お歎き悲むと雲へども、甲斐無くして過る間に、其の後幾の程お不経ずして、亦其の夫失にけり、世の無常なる事お厭て過るに、寡にして人に近付く事無かりけり、而る間念仏に道心発にければ、遂に出家して尼と成ぬ、其の後偏に弥陀の念仏お唱へて更に余思も無し、而る間尼 腰に病有て( ○○○○○) 起居に不協ず、然れば医師に問に、医師の雲く、此れ身の痩せ疲れたるに依て至す所の病也、速に肉食お可用し、其の外に療治に不可協ずと、尼医師の言お聞くと雲へども、肉食お用て身お助て病お愈さむと思ふ心無くして、肉食する事不能ずして、弥よ念仏お唱へて、極楽に往生せむと願ふより外の思ひ無し、而るに不療治ずと雲へども、腰の病自然に愈て、起居本の如くなり、尼本より心柔懦にして慈悲有り、然れば人お哀び生類お悲ぶ事無限し、而る間尼年五十余に成る程に、忽身に少しの病有て悩み煩ふ間、空中に微妙の音楽の音有り、隣り里の人此れお聞て驚き怪ぶ間、尼傍に有る人に告て雲く、阿弥陀如来今来り給て、我れお迎へ給ふ、我れ隻今永く此の土お去て、極楽に往生しなむとすと雲て、西に向て失にけり、此れお見る人涙お流して悲び貴びけり、此お聞く人亦不貴ざるは無かりけり、此れ奇異の事也とて、語り伝ふるお聞き継て、此く語り伝へたるとや、