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瘍科秘録

腸㿉( ○○) も、㿉疝の一証なり、金匱には陰狐疝と雲て、蜘蛛散お用ふ、後世の方書には、単に狐疝と雲り、疝と雲ひ伝ふれども、実は疝に非ず、千金方には已に気が附て腸㿉の名お立てたり、和蘭にては、ぶれうくと称して、猶能く其因お詳にせり、世医は偏に疝と心得、妄に鍼灸薬餌お用ふること捧腹すべきことなり、一体皐丸は腹より筋の出でヽ釣り置くものなり、其筋の通る孔大になるときは、腹墜下して、陰嚢に入り、一度墜下すると、癖になりて、常に出るやうになるなり、、小児の夜諦、又百日咳にて努するときは、必ず腹㿉になるものなり、初て出たる時は、痛小腹に引き忍ぶべからざるほどのものなり、日お経れば孔も熟路になるゆえ、格別に堪やすし、然れども邪魔になりて、遠方の歩行はなり難し、腸㿉軽くして常には出ぬものも、遠方へ歩行するか、重き物お担ば必ず出るなり、患者お仰臥にして、陰嚢お腹へ推込むやうに揉むときは、一時に声お成して入るものなり、腸㿉は陰嚢に限らず、 腿夾縫( いぬこところ) へも出るなり、若し入兼るときは、焮熱腫痛お発し、遂に膿潰して糞汁の瘡口より出るやうになるものあり、恐るべきことなり、一児声お極めて人お呼ぶに、腿夾縫突起して、大さ鶏卵の如くになり、痛み、触れ近くべからず、医者両三輩集りて、急発の腫瘍ならんとて、狐疑決すること能はず、予診するに腸㿉ゆえ、強て揉み込むに、作入て常に復せり、婦人の陰門に 茄子( なす) の下ると雲ふことあり、寿世保元に茄病と名く、大さ茄子の如く、紫色にて茄子に妨仏たるものなり、是も腸㿉と同病にて、産難にて努力せし後に発す、仰臥するときは腹中へ入りて、少しも陰事等お妨げず、