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沙石集
三上
忠言有感事
百喩経に雲、昔おろかなる男有り、人の婿になりてゆきぬ、さま〴〵にもてなせども、よしばみていと物もくはず、飢て覚けるまヽに、妻があからさまに立出たるひまに、米お一ほう打くヽみて、くはんとするところに、妻かへりきたる、はづかしさに面うちあからめていたり、ほうのはれて見へ給ば、いかにと問へども、物もいはずいよ〳〵面あかみければ、 はれ物( ○○○) の大事にて、物もいはぬにやと思て、父母につげければ、来てあれはいかに〳〵と問に、いよ〳〵はづかしさに、かほあかみけり、隣の者みなあつまりて、婿殿のはれ物の大事におはするあさましき事かなと訪ひけり、いかさまにも大事の物にこそとて、医師およびて見すれば、ゆヽしき大事の物なり、急ぎ療治すべしとて大きなる火針にて、ほうおやきやぶる、米ほろ〳〵とこぼれて、はじがましき事かぎりなし、