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筆のすさび

一奇病 此頃友人小寺清光がかける記事お見るに、其事奇なるに依りて左にしるす、
文政五年夏、本邑篁、後巷文助といふ者癰お患ふ、六月二十四日、癰潰れて二鯼魚あり、膿血に随ひて出づ、癰亦稍く愈ゆ、其子茂平異みてこれお語る、以て文助に問ふに、曰信なり、其長さ寸余、尾ありて首なし、鱗鰭並に全し、蓋是嘗て此魚お好む、其砂礫多きお以て、皆其頭お去る、然れども已に食せざること数月、今出でヽ鮮且全きは何ぞや、予文助の言お聞き、益其異お嘆ず、夫熟して後これお食ひ、糜してこれお咽む、安ぞ鮮且全お得んや、人の腹中食お受くる所あり、また何ぞ背よりして出づるお得んや、稗官小説或は恠疾お載せて、未だ斯類の事あるお聞かず、是によりてこれお観れば、世の奇恠非常お伝ふるもの概して妄誕とすることお得ず、文助少して我に傭す、故に其事お詳にするお得たりといふ、備中笠岡小寺清光記す、