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瘍科秘録

舌疽
舌疽の名は、古書に考る処なし、本邦にて唱へ始めたることヽ見ゆ、随分多き病なれども、其証候お詳に雲ふものは未だ見あたらず、証治要訣に、曾有 舌( ○) 上病 瘡( ○) 、久蝕成穴と雲ひ、医宗金鑑に、 舌疳( ○○)と雲ふものお載て、百無一生と断りたるは、思ふに舌疸のことなり、其病失栄乳岩と同因にて、翻花する気味あり、至極大病にて、三十人のものなれば二十九人までは死お免れず、又 黴毒の舌に( ○○○○○) 発するもの( ○○○○○) 、固結陥蝕して、其形状舌疽によく似たれども、治し難しとせず、香川太仲行余医言に真舌疽お黴毒と心得たるは誤りなり、舌疽の初め、多くは舌尖或は右偏或は左偏に発す、或は舌下或は舌心に発するもあり、固結すること豆の如く、 栗子( くり) の如く、久きお経れば瘡頭自ら腐蝕して凹になれども、塩醋辛辣及び熱飲も一切染ることなし、染みざるは至て毒の深き故なり、凡そ口舌何程腐煉しても、飲食の染る証は治し易しとす、腐蝕日に深く、固結月に蔓り、舌お転動し難く、言語蹇澀し、一年或は二年に至て遂に舌欠け尽て死するなり、始めは痛みもなけれども、腐蝕するに従ひ痛みもあり、寒熱おも発す、この病少壮の人に少く、多くは五六十の頃に及で患ふるものなり、舌疽お患ふるものは、頷下及び頸に核お結び、疽の大になるに従て、核も大になり、或は潰ることあり、潰るときは其腐蝕したる形状舌疽に同じ、同毒なればなり、