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瘍科秘録

黴瘡
黴瘡は、古に少く、後世に至て、初て盛なり、故に古医経に、其説お載せず、素問、金匱等に黴瘡お論ずるに似たる文あれども、未だ其当否お知らず、先輩已に其弁あり、何故に古に少く今に多き病なるかお考ふるに、其病の原は、必ず娼婦より生ずればなり、娼婦は、人に接すること頻繁なるにより、濁液陰中に淤滞して、因て黴瘡お醸し生ず、譬ば平地に水お灌ぐに、一日に僅に一度位にては、毎日灌ぎても水乾て湿ふことなし、若一日に五度も十度も灌ぐ時は、地常に湿て、苔蘚お生ずるが如し、既に其毒一度生ずる時は、作ち僄客へ伝へ、其れよりしては、又妻妾へ伝へて、毒お子孫に遺す、顚転互に伝へて、遂に天下に蔓延するに至るなり、古は娼楼も少き故、黴毒も少く、今は娼楼の多き故、黴瘡も従て多し、是自然の勢なり、されば此病お患る者は、必ず伝染にて自発することなし、平生純朴にて花街柳巷に決して遊ぶことのなき者、及び老人小児の患るなどは、如何にも自発の様なれども、これ又必ず伝染する因縁有ものなり、、或はその夫謹愨なりといへども、その妻外より黴瘡の気お受て、夫に伝ふることあり、或は逆旅の寝衾よりも伝へ、或は 鑷工( かみゆひ) の剃刀より伝へ、甚は一時煙管おかりて用も、またその毒に伝染することあり、小児の患ふるは、黴婦の乳お哺せしめて受ると、父母の遺毒となり、老人と幼童のものとは、徽気お内に畜へたる霜婦などに姦通するより伝るもの多し、十二三歳の童男童女の病みたるも、六七十歳の老翁老媼の患たるも、療治せり、凡そ黴毒の伝染不可思議なること此の如くなれば、丁寧反覆して因縁お詳に問ふべし、