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雑病記聞

時疫( ○○)
時疫又 疫癘( ○○) とも雲ひ、 温疫( ○○) とも雲ひ、 温病( ○○) とも雲ふ、 流行熱病( ○○○○) の事なり、此病甚傷寒に似たれども、実は異なり、傷寒は常に天地の間にある正しき寒気に感じて病むものなり、時疫は天地の陰陽不順にて、既に人身に入らざる前より、天地の間にて腐りたる穢濁の悪気と成り、世界に流行するお、其流行する筋に住居する人々、口鼻より呼吸の気に交じへて、腹中に引入るヽゆへに病むなり、譬へば江河に柿澀お流すに、其澀の流れゆく筋に居る魚、是お呑て死するが如し、故に時疫は一国一郷一村、甚しきは満天下にも及ぶものあり、其筋にさへ違へば、東村は病ても、西村は一人も病ざる事あり、時疫大に流行する時、急に遠き国に避け逃るれば、免るヽこともあるなり、飢饉などの後、或は戦闘などの跡など、天地の気甚だ不順穢濁になれば、必疫癘流行するものなり、又至て軽きは二三年目などに諸国風邪行れて、人々皆病むことあり、是も疫の類にて軽きなり、又至て明白なるは、痘瘡麻疹の類も、是疫の種類なり、故に急に遠く避け逃るれば、不患して済むなり、傷寒感冒は一身の腠理毛孔より入る邪なり、時疫の類は口鼻より呼吸に従ふて肺臓に入る邪なり、是故に傷寒感冒は太表皮膚より始り、時疫は半表半裏より始る、陽気弱き人は半表半裏より直に裏に進み入り、陽気実せる人は半表半裏より表の方へ押し出さる、此理、呉又可著作の温疫論に委く論ぜり、読べし、時疫は流行穢濁の気なるがゆへに、慎み避れば免るヽこともあるなり、