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牢獄秘録
牢内に而毒薬之咄之事
一牢内にて一ふ〱とて、毒薬お呑せ殺し候は、此もの存命に候得ば、殊之外障りと成る故殺す由、世間一統之咄しなりといへ共、是は跡方もなき虚言にて、牢内に左様成事決而無之、此毒薬有之といふ人は、実正知らぬものヽ言初めしなりといへども、このそら言当時世間之人しらぬといふものなし、誠に毒薬有と思ひ居る事こそ愚成わざなり、また牢死するもの多きは、数年来牢内にこもり居て、風も通らぬ処にて、或は熱病に死しても、その儘に捨置故、自然と人の息気、牢内の板にも柱にもうつりてわるぐさく、此臭気おかぎ候事は、牢内一同之事故、初牢の者はこの臭気に当りて、疫病と成、是お牢疫病といふ也、この疫病にとりつかれしもの、牢死之時は、牢屋敷にて一ふくもられしといふ也、是実説也、疑ふべからず、