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融通念仏縁起画詞

去正嘉のころ、疫癘おこりて人おほく病死にけり、其時武蔵国与野郷に一人の名主あり、年来念仏信心の人にて、世間の疫癘おのがれんがために、家うちの老少おすヽめて、明日より別時念仏おはじむべきにて、番帳お書て道場におきけり、その夜の夢に異形の者ども如霞むらがりて行けるが、此家の門のうちへいらんとしけるお、あるじ出むかひて雲、是は家中の男女心おひとつにして、別時念仏お始べきにて結番して、すでに彼番帳お仏前におきたり、乱入する事なかれといふ、こヽに疫神のいはく、女がいふことまことにしかり、然ば番帳お披見すべしといふ、主すなはち是お見するに、疫神随喜せる気色にて、結衆の名字の下ごとに判形お加てけり、いはく、我一人の息女あり、他所にありといへども、彼名字お書て此念仏にいれんとおもふ、疫神これおゆるさずと見て夢さめぬ、其夜あけて番帳お見れば、実に名字の下ごとに判形あり、いろはの字お書損せるがごとし、其色焼験おしたるに似たり、夢にたがへず家内の老少いさヽかもつヽがなきに、かの他所にある息女は、此病にて終にけり、此事其聞ありて、彼番帳おば将軍家へめされてけり、是併祇園部類春属等も、みな融通念仏の結衆にて御坐ば、彼異類異形と申も別のものにあらず、皆祇園部類眷属どもなれば、元より此念仏衆に入たる疫神也、真実に深志お致して、道場お荘厳して番帳おくり、明日より別時念仏お始べき信心の誠、色にあらはれければ、行疫神も番帳に判形お加へ、随喜して過にけり、