[p.1334][p.1335]
完天見聞記
事の序に、先一年の飢饉の事お説ん、天保七年八月、諸国大風雨にて、其年五穀不熟にして、天下大飢饉とぞきこえける、されば諸色の価次第に上りて、同八年には、御蔵前の相場は、百俵に百五十両ほど、銭百文に白米四合より弐合五勺迄に至りしかば、下賤の者難儀いふばかりなし、火附盗賊多くして、同八年正月廿八日の夜は、江戸中に火災九け所ほど有て、日々物さわがしく、其うへ大疫流行して人多く死す、飢にくるしみ道路にたほれ死す者、昨日はこヽ今日はかしこ、幾人といふ数お知ず、