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蜘蛛の糸巻追加
風邪流行( ○○○○)
不図思ひ出づる儘、むかしおしのびて記すは、完政三四年の頃にやありけん、江戸中風邪流行して病ざる家なし、市中商人の家など戸さして、家内風邪に付相休申候と、札お張りたる家所々に見えたり、殿中伺候の面々、供立減少、長髪不苦と雲ふ令お出だす程なり、此比街歌に、そんれはおそろきお世話へと雲ふ童謡はやりし故、此風邪お お世話風( ○○○○) と雲へり、其翌春、京伝作、草ざうしの新板に、〈此頃は上下一部紙員十枚なり〉おせはと雲ふはやり女郎、深川にありて、客床に入れば、団扇お以てあふぐ、客たちまち襟元ぞつとして風おひき熱に犯され、様々の事おなす趣向なり、大に世に行はれ、予も幼年所持せり、是も六十年のむかしとなりぬ、