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栄花物語
十六もとのしづく
はかなくとしもかへりぬ、〈○完仁四年〉世中いまめかし、ことしはもがさといふ物おこりぬべしとて、つくしのかたにはふるきとしより、やみけりなどいふこときこゆれば、はじめやみけるよりのち、このとしごろになりにければ、はじめやまぬ人のみおほかりける世なれば、おほやけわたくしいとわりなく、おそろしき事におもひさわぎたり、〈○中略〉かくて、このもがさ京にきにたれば、やむ人々おほかり、〈○中略〉世の人たヾいまは、このもがさに事もおぼえぬさまなり、このもがさは、大弐〈○隆家〉の御ともにつくしよりきたるとこそはいふめれ、あさましくさまざまにいみじうわづらひて、なくなるたぐひもおほかり、いみじうあはれなることおほかり、かヽるほどに、故志きぶきやうみや〈○為平〉のよりさだのさひやうえのかう、この三月廿よ日にけびいしべつたうかけ給つ、されどこの月ごろ心ちれいにもあらずおはしけるお、いかなるにかと覚しわづらひて、この悦びもいまだ申給はざりけり、いん〈○小一条〉のにようご〈○延子〉うせ給にしのち、との〈○顕光〉のいとおしう心ぼそげにおはしければ、このはるほりかはどのにわたり給へれば、おとヾもすこし御けしきよくなりて、めやすかりつるに、かくなやみ給へば、いかに〳〵とおぼしたり、うたてゆヽしきころなれば、ほかへもやなどおぼせど、なほかくてすごし給ほどに、又もがささへねしてなやみ給へば、よもやまのくすしおあつめ、よるひるつくろはせ給へど、むげにあさましうたのみすくなき御ありさまなれば、べつたうじし給つ、くわんばくどのヽうへ〈○頼通妻〉〈隆姫、具平親王女、〉のおほんおぢにおはすれば、よろづにとひきこえ給、ものなどおほくたてまつれさせ給、いみじきことヾもたび〳〵せさせ給ヽへど、いとあべきほどにさへなりぬれば、あはれに心ぼそくおぼさる、六月九日ほうしになり給ぬ、