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今昔物語
二十四
行典薬寮治病女語第七
今昔、典薬頭 と雲人有けり、道に付て止事無き医師也ければ、公私に被用たる者にてなむ有ける、而る間七月七日、典薬頭の一家の医師共、并に次々の医師共下部に至まで、一人不残寮に参り集て消遥しけり、庁屋の大なる内に長筵お敷満て、其に著並て各一種の物酒などお出して遊ぶ日也けり、其時に年五十許の女の無下の下衆にも非ぬが、浅黄なる張単賤の跨著て、顔は青鈍なる練衣に水お裏たる様にて、一身ゆふ〳〵と腫たる者、下衆に手お被引て庁の前に出来たる、頭より始めて此お見て、彼れは何にぞ〳〵と集て問ふに、此腫女の雲く、己れ此腫て五六年に罷成ぬ、其お殿原に何かで問申さむと思へども、片田舎に侍る身なれば其御せと申さむに可御きにも非ねば、何で殿原の一所に御座集たらむ時に見え奉て、各宣む事お承らむと思ふ也、独々に見せ奉れば各心々に宣へば、何に可付にてか有らむと思えて、墓々しくも被治不侍ら、其に今日此集給ふと聞て参たる也、然れば此御覧じて可治からむ様被仰よと雲ら平がり臥ぬ、典薬頭より始て此お聞くに、賢き女也、現に然る事也と思ふ、頭の雲く、いで主達彼れ治し給へ、此は 寸白( ○○) にこそ有ぬれと雲て、中に美と思ふ医師お呼て彼れ見よと雲へば、其医師寄て此お見て雲く、定て寸白に候ふめりと雲ふ、其おば何が可治と、医師の雲く、抜くに随て白き麦の様なる物差出たり、其お取て引けば綿々と延れば長く出来ぬ、出るに随て庁の柱に巻く、漸く巻くに随て此女顔の腫口て色も直り持行く、柱に七尋八尋許巻く程に、出来畢て残り出来ず成ぬ、時に女の目鼻直り畢て、例の人の色付に成ぬ、頭より始めて若干の医師共皆此お見て、此女の此来て病お治しつるお感じ讃め喤る事無限、其後女の雲く、然て次には何が可治、医師隻慧苡湯お以て可茄き也、今は其より外の治不可有と雲て返し遣てけり、昔は此様に下臈医師共の中にも、新たに此病お治し愈す者共なむ有けるとなむ、語り伝へたるとや、